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2019年5月28日 (火)

5.18 被ばく学習会・前半 片岡輝美さんが語る「モニタリングポストは私たちの権利」

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 第50回被ばく学習会は57名の参加で盛況でした。

 最初に温品から、『放射線のホント』など「放射線安全」論に対抗する当会の取り組みについて報告しました。動画はこちら

 続いて片岡輝美さん(モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・共同代表)から、「モニタリングポストは私たちの権利」と題してちょうど1時間、お話しいただきました。

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片岡輝美さんは、福島のモニタリングポスト2400台を撤去する原子力規制委員会の計画を阻止している運動について、ご自分の話し言葉で非常にリアルにお話しいただきました。運動のダイナミズムが分かる、とても良いお話でした。

  動画はこちら

   片岡さんのプロフィールはこちら

  スライド資料(背景白)はこちら

  スライド資料(背景青)はこちら

  以下、スライドに書かれていないエピソードを書き起こしました。

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リアルタイム線量測定システムの撤去が意味すること 動画はこちら

モニタリングポストを撤去するということは、どういう意味があるのだろうか。

一つは、福島原発核事故被害の『見えない化・見せない化』の一つです。『見えない化』はFoE JAPANの満田さん、『見せない化』は人見やよいさんの言葉です。

もう一つは、市民の権利の剥奪です。私たちはモニタリングポストに知る権利があると思っています。
それが配属されるか、もう撤去してもいいかというのは、無用な被ばくを強いられている私たち住民の側にあるのだ。決定する権利も私たちの側にあるのだと思っています。それを撤去してしまうということは、私たちの権利を剥奪してしまうことになります。

もう一つ、私が考えるには、パターナリズムの支配だと思っています。
パターナリズムというのは、強い立場にある者が弱い立場にある者に、「あなたの利益のためですよ」として、本人の意思は問わずに、介入、干渉、支援することです。例えば親が、子どものために良かれと思ってする、ということからパターナリズムという言葉が発しています。

福島原発核事故が起きてから、安心・安全キャンペーンが瞬く間に広がっていきましたが、その時に登場してきたのは、著名な科学者や医者です。その人たちが私たちに言っていることは正しいのだ、私たちはその知識を持っているのだ、だからあなたたちはおびえなくて良いよ、私たちの言うことを信じなさい、というのは、パターナリズムの一つですね。

Photo_23 例えばこんなことがありました。2013年3月の末なんですが、会津若松市でも間もなく子どもの甲状腺検査が始まるということで、甲状腺検査の説明会が開かれました。会津の放射能情報センターにお母さんたちが集まって、作戦会議を開きました。何を質問したらいいか、箇条書きで全部書き出したんですね。そして当日、それをコピーしたものをみんな持って、会場内のあちこちにバラバラに座ったんです。固まって座ってたら、もう仲間って思われますからね。説明が終わって質問になったら、アチコチで手を挙げて「ハイ!」。そうすると誰々さんが当たる。その次、また手を挙げて、と、次々質問していくことにしたんです。

私も当たったので質問したんですが、まず言ったのは、ちょうど春休みだったので、参加者が少し少ないように見えるかも知れませんが、会津若松からも春休みを利用して保養にでかけている親子がたくさんいるんです。会津若松市民でも不安に思っている人がたくさんいるんです。そのことを知っておいてくださいと言いました。

二つ目。その時、鈴木眞一さんは甲状腺がんは3人発症していると報告されたんですが、3人しか発症していないというのを何回も何回も言ったんですね。「3人しかって、どういうことだ!」と。「一人でも発症したら大変なことだし、自分の子ども、孫に生じたらそんな言い方しないだろう」と聞いたんですが、彼は「そんな言い方していない」とその場で反論した。でも言って数分しか経っていなかったので、みんな「言った! 言った!」と言ったわけですね。

4_edited1 それともう一つ、パターナリズムと関係している私の体験なんですけど、私はこういう風に言ったんですね。「私たちは、あなたたちに、不安を解消してもらいたいとは思っていないんです」。そうしたら、下を向いていた鈴木眞一さんをはじめ、次々と、「へぇー!」って顔を上げるんです、学者さんたちが。その驚きぶりに私の方が「エーッ!」とびっくりするぐらいだったんですけど、それで私が言ったのは、「私たちは一般市民だからほんとに子どもに何が起きているか、実情を知ったときにおそれを感じます。でも、私たちが知りたいのは真実なんです。そして私たちは決して一人ではなくて、不安や悲しみ、驚き、おそれを共有する仲間がいるし、共に考えてくれるお医者さんがいる。じっさい、その時すでに、情報センターには来てくれるお医者さんがいたんですが、そのお医者さんと一緒に私たちは考える力があるんだ、というふうに言ったんです。私はその時、パターナリズムという言葉は知らなかったけれども、あの時の驚きぶりを考えると、学者さんたちは完全に自分たちの使命だと思って教えようとしていた。だけど、私たち市民はそんなこと思っていない。

でももう一方、パターナリズムの問題としては、偉い学者さんたちに言ってもらいたい、安心したいという私たちの側の思いもあるわけです。そこにうまく両方の思いが合わさった時に、パターナリズムが力を発揮して、それが福島原発核事故以降、安心・安全キャンペーンが広まっていった時の裏打ち、あれは力になっていったんだなぁと今思うわけです。

今もなお、原子力規制委員会は、何も知らない市民たちに説明して、モニタリングポストを撤去しようとしているわけです。それはまったく、パターナリズムの支配だと思っています。

2016年2月10日 原子力規制委員会
「避難指示・解除区域の市町村を中心にモニタリングを継続する方針」を決定

2月10日の原子力規制委員会で、福島原発事故5年を契機にモニタリングを見直し、「空間線量率の時間的な変動が小さく安定してきていることを踏まえれば、多くの地点で連続的に測定する必要性は低くなっている。リアルタイム線量測定システムによる測定については、今後は避難指示区域等を中心に継続する」方針を決定しました。

しかし、実はこれ以前にすでにモニタリングポストの撤去が始まっていました。

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それは2015年12月、会津若松で起きたことです。知り合いの男性が散歩していたら、モニタリングポスの(電光表示が)消えていた。会津若松市に問い合わせたところ、「市内9ヶ所でモニタリングポストの撤去を始めるんです」。とても驚きました。私たちは知らされていないからです。その男性の説明を受けて、その地域の住民はすぐに市役所に住民説明会を開いてほしいと申し入れました。

それに対して市は住民説明会を開くとする一方、「空間線量や食品の放射性物質が減少してきたことに加え、放射線に対する理解が進んだことから、放射線に対する不安はほぼ解消されてきていると考えております」というように、勝手に「みんなは大丈夫だと思っている」というのが、会津若松市の見解でした。

「今回は線量計の移設を県の方から言われたので賛同し、廃止・移設しようと思っていたが、みなさんがそうおっしゃるのなら説明会を開きます。その説明会を開くときには、自分たちの方から「出前講座」をさせてもらいたい。その時には私たちが説明する内容はすべて、世界の主な機関における認識に基づいて作られている。世界基準の内容を話しますよ」と出ているわけです。

3_edited1 でも私たちは、そうではなくて、きちんと説明されていない。私たちの了解を得ていないことがとても大きな問題だと考えています。

2016年の1月、ほんとうに寒い夜でしたが、地域住民の要望で住民説明会が開催されました。会津若松市は(参加者は)数名だと思って、テーブルを二、三台しか出してないんですけど、次々と人が集まってきたので、出して出して、椅子も出して、ここの2倍くらいのお部屋でしたが、人々が集まりました。

集まってきたのは、地域のおじいちゃん、おばあちゃんなんです。地域のおじいちゃん、おばあちゃんが言うんですね。「おめぇ、まだ廃炉になってねぇべ。危険は続いてるのに、なんでそんなに勝手に撤去すんだ! 孫がいる。自分たちはすごく心配なんだ。撤去すんな」という風に、説得し始めるんですね。最初はちょっと白熱した議論もありましたけど、そのうち「お願いだから、俺たちのために1台残してくれ」と言って、説明しながらその地域の1台の撤去を阻止したんです。「分かりました」と市役所の担当の方たちを励まして、「がんばれ、俺たちが後ろに着いてるから」って言って、地域の1台の撤去を阻止しました。

ところがほかの8台に関しては、「もうすでにホームページで案内してあります。モニタリングポストのところにお知らせを貼ってあります。住民の方から何も継続を求める声は上がってこなかった」というので、あっという間に撤去されてしまいました。

福島県の反発  動画はこちら

2016年2月10日の原子力規制委の方針が福島民報に掲載されました。その中におかしいことが書いてあるんです。県の放射線監視室は「規制委員会から正式な通達が来ていないとした上で」と言うんですよ。会津若松市は「県からの依頼だ」と言ってるんですが、県は「言ってないし、規制委員会からは何も言われていないんだ」とゴチャゴチャしていました。

でも、県はこう言ってるんです。「県内では廃炉作業が続き、県民の放射線に対する関心は高まっており、安易に減らすと反発も予想される。県民が納得できる十分な説明を求めていくと話した」と出ていて、県も危機感を持っているということです。

2017年12月、原子力規制委員会は福島県及び県内市町村へ意見照会を実施しました。アンケートですね。その回答です。確かに、撤去してもいい樋町・村もいくつはあったのですが、ほとんど共通してこういうことを言ってました。「撤去は時期尚早、汚染土の搬出はまだ始まっていない、住民は、まだ不安を持っている、震災時の住民の不信感を助長する、国の責任において継続してほしい」というのが、福島県をはじめ市町村からの意見だったんです。

私たちはこれを見た時に、ビックリしました。今までの、福島原発核事故に関するいろんな交渉では、県は本来私たち住民側にいなきゃいけないのに国側にいて、住民対県、住民対国みたいな交渉がずっと続いてきたのに、「オヤッ、今回は違うみたいだ」という感触を私たちは持ったんです。つまり、県も不安に思っているらしい、ということですね。

2018年3月20日 県・自治体の意見を無視して撤去計画を発表

 動画はこちら

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2018年3月20日、規制委員会は撤去方針を決定。3日後に「リアルタイム線量測定システムの配置の見直しについて」を発表しました。「放射線量が減少し、モニタリング見直しの時期になっている」こと、「今後住民の帰還が見込まれる地域の復興に重点を置くためにも、撤去したモニタリングポストは、モニタリングポスト設置の要望のある避難指示解除区域市町村への移設などに活用します」。モニタリングポストが全部矢印で、その当時はまだ避難区域となっていたところに運び込んで置きますよ、という説明だったんです。

計画も予算もなかった再配置計画

これは心情に訴える言い方なんです。いよいよ帰還してくる人の安全を求め、しかもその市町村は安全を確かめるためにモニタリングポストがほしいと言っているかのように、ここに設置するということでした。でも、私、ハタと思ったんです。2400台も移設したら、モニタリングポストだらけになっちゃう。これは何かおかしい!と思った。で、規制委員会に情報開示請求を出しました。しばらくして出てきた回答は、こういうような計画も予算もまったくない、ということです。

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「予算がないから撤去する」

 原子力規制庁が最終的に私たちに言ったのは、復興庁が2020年度末になくなり、予算がなくなるからモニタリングポストを撤去する、ということでした。こんな馬鹿なこと、あり得ないでしょ! というのが私たちの大きな怒りでした。

2018年4月 「継続配置を求める市民の会」発足  動画はこちら

18png 私たちが話をしたのは、これは日々の安全を目視できる唯一の方法なんだ。このモニタリングポストの数値が疑わしいことは、ようく分かってるんです。だけど、そこにある数値が上がったら、「おかしい」と思える。お母さんたちは、子どもたちを幼稚園に連れて行く時にのぞき込む。「あ、今日はこのくらいなんだな」と思って、生活する。誰でも、ホームページなんかいかなくても、日々の安全を目視できる唯一の方法です。

私たちに均等に、平等にある。それが知る権利を保証されているものだと考えます。

継続するか、撤去するかの判断は私たちにある。

私は、モニタリングポストの数字を見るというのは科学的な行為だと思うんです。数値を確認していく。規制委員会は「科学的な判断に基づいて」ってよく言うんですけど、それもさらさらおかしいと思うことも多いんですが、私たちに与えられている数値を私たちが判断するというのは私たちが主体的に関わっていくわけですから、それも立派な行為だというわけで、見ることで不安に感じたりするのはおかしなことではない。もっと言えば、こんな原発核事故が起きたのに不安に思っていない方がおかしいと私は思うんです。そこが大きな食い違いだと思います。

 

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若いお母さんたちが動き出した

私たちはすぐに4月16日に規制庁に申し入れと交渉を行いました。国レベルだけでなく、自分たちが住んでいる自治体に対しても要請行動を始めました。市長さん、村長さんたちに会いに行きました。このように、若いお母さんたち、政治に参加したことのない若いお母さんたちが不安に思い、動き出した。これが継続配置を求める今回の動きの中で、大きな大きな力となっていきます。

会津若松市でも、ちょうど1年前になりますね、お母さんたちがまとまって、力を合わせて市長さんに会いに行きました。奥の方には市長さん、手前にはメディアもずいぶん来まして、報道してくれました。実はここに可愛らしいおでこがあるんですけど、子どもたちも一緒に市長さんに会いに行きました。

お母さんが要請書を出しました。お母さんたち、手が震えてましたね。市長さんのところに言いに行くなんてこと、なかったからですね。でも、例えばこのお母さんは「私の子育ては原発核事故以降始まったんです」。そういうお母さんが今、たくさんになりましたね。独身の時は気にならなかったことが、子育てを始めた時に、あ、原発事故があったといいうことに気がつく。そして「この子が、この環境の中で健康に成長していき、この子が成人していくこと、そして願わくば将来子どもをもてた時に、私のいのちが継がれていくということまで責任を持たなければならないんだ」という話をしました。

また別のお母さんは、「自分は夫の仕事によって福島県内に転居してきた。だからこそ、なおさらほしいのです。このモニタリングポストの数値を確認するということがほしいのです」ということを訴えました。

規制庁、住民説明会を開催

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高まる反対の声

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「万が一の時は、モニタリングポストを見に行かないでほしい」 
  2018.7.20 第2回原子力規制庁交渉@参議院議員会館
  動画はこちら

規制庁の説明

  リアルタイム線量計はセシウムに特化しているが、我々が残そうとしている可搬型は他の核種にも対応している。(温品の注リアルタイム線量計はセシウムに特化していない。可搬型より測定誤差が大きいだけ。規制庁の説明は誤解を招き、不適切)
 住民説明会は反対したい人たちが参加している。
 撤去に賛成な人はわざわざ来ない。(注:住民説明会では反対一色だった
 復興予算が2020年度末で切れることは確実。
 新たな予算獲得には合理的な説明が必要。
 ある程度は整理させていただきたい。
 気になる人は、ハンディタイプ線量計で自由に測ってほしい。

 万が一の時は、モニタリングポストを見に行かないでほしい。
 我々が適切な指示を出すので屋内退避。勝手に逃げないでほしい。
 原発周辺には可搬型ポスト・監視ポストなどがあり、何かかあった時には対応できる。
 放射線量はインターネットで常時確認できる。

市民の会の訴え

   緊急事態宣言発令中なのに、撤去はありえない。
   線量は依然として高いままだ。
   山は除染していない。山菜など出荷制限もかかっている。
   原子炉は安定していない。
   廃炉作業、除染作業、焼却作業が続く現状では、何が起こるかわからない。
   リアルタイム線量計は目に見える唯一の判断材料。
   福島で暮らす以上、いざという時、線量がすぐにわかることが重要。
   ネットで確認しろといわれても、インターネット環境にない人もいるし、非常時は停電もありうる。
   ハンディタイプ線量計を借りに行くのは負担が大きい。緊急時には無理。
   復興予算が終わるなら、新たな予算を確保すべき。
   廃炉までの継続配置は、原発を推進している国の責任。
   事故後SPEEDIの情報は隠蔽された。
   事故が起こっても再稼働させる国を信用できるはずがない。
   国への不信感は拭えない。自分で確かめたい。
   撤去の基準は0・23μ㏜/h以下になっているが、「これぐらいなら大丈夫」と、初期被曝を余儀なくされた私たちに更なる追加被曝を強いるのは酷い。
   住民説明会の申し込み制は威圧的で申し込みづらいやり方だった。

  住民の声が2019年度予算を獲得!

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2018年12月7日 規制庁と第3回交渉

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第3回原子力規制庁交渉まとめ

・住民説明会の目的が「撤去の不安を払拭するために丁寧に説明する」から「住民の声を聴く」に変わっていった。
・18回の住民説明会を開催しても住民の不安を払拭することができなかったことを認めた。
・モニタリングポストの意味や役割が規制庁と住民では異なっていることを認めた。

 これらは市民の声の高まりによる成果

・科学者の立場にある斉藤参与から「20mSv/yは絶対的な数値ではなく、不確実性を伴う。あくまでも目安である」との見解を引き出せた。

・廃炉作業に伴う危険性はあると認識しているとの発言があった。
・継続配置、または撤去の決定権は住民側にあることを確認させた。
・規制庁3名の「住民の意見を反映させていく」との個人的見解を引き出せた。

浮上した問題点・危惧すべき点

復興庁後継組織の方向性が出される2019年3月に、「2020年度以降の見直し案」も決定することが示唆された。
  →市民の会として最も阻止したい最悪の流れ
  →金子恵美議員の発言「復興庁の後継組織論と福島県民の訴えをどのように受けとめるかは別問題とすべき」。

    しかし今も、議論が保留になっている? 参議院選挙の前に無理にやってしまうと、県民の声、全国の声によって自民党に大きな影響を与えてしまうだろうから、まだ保留にしているのではないかと、私たちは考えています。

・一時移転の基準「20μSv/h」や原子力災害指針防護措置目的「20mSv/y」に対する規制庁の見解はとても楽観的。
・これ以上の追加被ばくを受容できないとする住民の見解とかなり乖離している。

 福島原発核事故から学ばない国の姿

被ばく防護に反する発言

2018年7月20日 第2回規制庁交渉 
 「緊急時にはMPを見に行かないでほしい。勝手に避難しないで欲しい」

・2018年9月26日 東海第2原発、正式合格 30キロ圏内に約96万人
・2018年10月17日 更田委員長「1週間で被ばく100mSV目安」
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国が考える福島原発核事故被害とは?
 住民は「避難」をしたから、死亡したと考えているのでは?
 不可能な住民の避難を、「する必要がない」にすり替えているのでは?
 国民に被ばく防護をさせない国

 

2018年12月 原子力規制委員会「安定ヨウ素剤の服用に関する検討」
 安定ヨウ素剤の配付と避難はセットで検討されているのか?
   安定ヨウ素剤を飲んだら避難するというのが、唯一私たちができる被ばく防護の行動ですよね。
 安定ヨウ素剤を配ることによって、もう避難しなくて良い、屋内退避で良いなんてことは、さらさらないわけです。じゃあ、屋内退避している住民を、国は責任を持って、その後に避難させるのか?
 自分たちの新たな指示によって避難させることができるのか?
 おそらく、そんなことはしないでしょう。避難する必要はないと、この国は言い出すと思います。

 

   パブコメ:安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって(改正案)に対する意見募集
   http://bit.ly/2K43uQE  
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第3回の交渉を続けていく中で、確かに住民説明会の目的は変わった。3人の担当者は、住民の意見を聞いたことによって皆さんが「決定権は自分にある」という言い分は分かった。しかしながら、最後にこういうふうに言ったんです。「モニタリングポスト設置の決定権は、事業主である規制委員会にある。」
「だから今まで話してきたんでしょ。私たちに決定権があるって、(あなた)言ったじゃないですか」。でも最終的には事業主である規制委員会にあります、と最後に断言しました。
私たちは住民の声は届けたけど、私たちの声は規制委員会の決定が覆ることにはならなかったという言い訳に使われるんじゃないか、と思っています。私たちの声がきちんと届くかどうか、見守っていかなければならないと思っています。

 

今後の課題 
 住民の声が高まることによって、「新復興庁」を作っていきますということになり、私たちは少しずつ、ジリッ、ジリッと押してる印象もありつつ、まだ危機感を持っていることがいくつもあります。
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 2月28日の朝日新聞福島版の記事で、私が皆さんに知ってもらいたいのは、浜通り56%、中通り58%、会津51%(の県民)がモニタリングポストの撤去に反対しているということなんです。ご存じのように、福島県はとても大きいのです。そして、浜通り、中通り、会津に分かれているんですね。ですがそこに住んでいる住民が、一様に、このモニタリングポストは必要なんだと言っています。
私は会津若松市に住んでいます。この住民説明会は福島原発核事故が起きた地域から一番遠い福島県只見町から始まったんですね。「あ、やっぱりこういう所から始めるんだ。おそらくその地域だったらモニタリングポストは撤去してもいいですよ、と、たぶん言うのだろうな」と、規制庁側もそう考えただろうし、実は私もそう思ったんです。「遠くだからモニタリングポストはいらない」って言うんじゃないかなと思ってたんです。
只見町にも必要なモニタリングポスト
ところが、住民説明会に出ていた、比較的高齢の男性が言いました。「自分たちは柏崎刈羽原発から60キロ圏内に住んでいるんだ。あそこで何かの事故があった時には、自分たちはこのモニタリングポストを見るのだ。だからモニタリングポストは必要なんだ」と。
全国に必要なモニタリングポスト
私、ほんとうにショックでした。本当に恥ずかしい思いをしました。モニタリングポストは福島県内だけに置くべきものじゃないんです。全国に置くべきものなんです。
国の責任において、耐久年数が来ているんだったらもっと性能の良い物になおせばいいわけです。
だって、この3000台からあるモニタリングポストの数値を見られるような、ものすごいシステムを構築してるんですよ。それなのに、2020年度末に復興庁がなくなることによって全部切ってしまうなんて、こんなもったいない話はない。それを活かしていくためにも、そしてもっと簡便なもの、もっと正確なものに代えていくぐらいの、規制委員会の、国の責任がここにあると思うんですね。

 

引き続き市民の声を高めていくために…
・情報の共有の場を設ける。
・各地の市民の会と連携する。
・自治体レベルでの取り組みを継続する。
・福島県に具体的な提案・協議を継続する。
・2020年度以降の予算について国会議員と協議する。

 

福島県議会には私たち、3回要請しているんです。ところが、担当の総務委員会のところで保留になっているんです。委員会の中で自民党の議員が多いので、県議会の議事にのせることができず、途中で終わってるんですね。途中で止まっていることはとても悔しいんです。自民党の人を説得しなければならない。

 

でも見方を変えれば、自民党の人ですら、反対することはできないんですよ。市民の声が大きいから。撤去しても良いなんて言えないだけの、市民の力を感じているんだと思うんですね。ですから、県議会まではまだ道程があるんですが、私たちはずっと請願を続けていこうと思っています。

 

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情報共有の場をもつために、お茶会と報告会を開催しています。
「あれからどうなった? モニタリングポスト」の可愛いチラシをお父さんが作ってくれて、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんも、いろんな市民が集まって、どういうことが行われているのか、何が起きているのかという情報を共有していくこと。ここでいろんな意見を出しながら、住民通しがつながっていくこと。こういうのをやってますよというのを載せていくことによって、メディアにも取り上げてもらって、規制委員会にじわじわとプレッシャーをかけていくことができるんじゃないかと思っています。

 

会津若松でもお茶会と報告会を行いました。お母さんたちがこんなふうにおにぎりを作ってくれて、おいしいものを持って、ほんとうに和やかな雰囲気で意見交換していくことがとても大切だと思っています。いま、若い世代は正直言えば、デモとかの形はあまり好まないんです。どちらかと言えば、暖かい雰囲気の中で、意見の言いやすいような雰囲気にもっていくことがとても大切なことです。

 

もちろん、私はちょうどその間の世代ですから、平和学習において、私たちの先輩がデモをし続け、今も毎週金曜日にアピールを続けている諸先輩がたの姿を見て、私もいろいろ学んできたので、私もデモをします。私も街頭に立ちます。でも、次の世代のお母さんたちは、そういう形はちょっと拒否反応。やはり私たちがそのお母さたちと対話が出来るように、私たち自らの形も変えていかなければならないところに来ていると思います。

 

あるお母さん、こんなふうに言いました。「モニタリングポストは大人だけが見るのではない。子どもにこそ知る権利があるんだ」。自分の生きている環境がどういう環境であるか、私たちの権利はそこにあると最初から申し上げましたが、子どもにこそ知る権利があるんだと、そのお母さんは言いました。

 

これからも原子力規制委員会に「決定権は住民側にあるのだ」ということを訴え続けていきたいと思います。さらには県議会、参議院選挙、もしかしたら衆参同日選挙になるかも知れないけれども、立候補者との対話ですね。私たちはこのように考えているのですよということを言葉で直接対話していくことが大切だと思います。
子どもの未来と権利を守るために、モニタリングポストは必要です。私たちは大人の責任として、今いる場所でできるだけのことをしていく。そして、一人ではなく、仲間とつながりながら、継続配置を求めていく。それが、原発核事故被害が見えなくされている中で、大切な、大切なことだと思っています。
今日はほんとうに貴重な機会をいただきまして、感謝いたします。引き続き、市民の会をお支えください。ネットの環境にある方だけで申し訳ありませんが、市民の会ではカンパを募っております。私たちは手弁当で毎月集まり、県への交渉、国への交渉、続けております。お支えいただけましたら、ほんとうになおありがたいです。今日は貴重なお時間をありがとうございました。

 

<質疑応答から> 動画はこちら
「何かあっても見に行かないでください」と涙ぐんだ規制庁職員

Q:住民説明会を福島県のあちこちでやっていて、規制庁にしては珍しいなと思ったので、動画をけっこう見たんですが、印象的だったのは、33頁の規制庁の写真に写っている左の職員、何かあったらモニタリングポストを見に行かないでくださいと言った人、涙ぐんでて(片岡さん 笑)パターナリズム本気で信じ込んでて、皆さんを本気で守りたいから見に行っちゃ困るなんか涙ぐんだ感じだったのが印象的というか、役人にしては珍しいなと思ったんですけど、リアルタイムってそもそも自宅でもパソコンやスマホで見られるように出来てるから、見に行かないでくださいというのはあまり意味が無いというか、恒例の人とかが見ないでも情報がつたわるような、そういう仕組みを作るのが逆に規制庁の役割だろうと思うんですが、その辺のやりとりはあったんでしょうか。

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A: そうですね、上の写真の左端の方、お名前はなんとおっしゃったか・・・。ちょっとガタイのいい方。実は会津若松市で泣かしてしまったんですね。ウーン、何で泣いたか、よく分からないです(会場 笑)。私、思わず「泣くな!」って言ったんですね(会場 爆笑)。ずるいですよ、泣くのは。お母さんたちが泣くのは分かるけど、規制庁が何で涙に訴えるんだと思った。でも、なんか泣くような、胸に迫るものがあったんでしょうけど。人がいい、と言われるんだったら、彼の中でも何か、お母さんたちが切実に訴えるものが何かひびいたのかも知れないし・・。

第2回の規制庁交渉の中で、私たち、最初に「避難しないでください」という言葉を聞いたんですね。その1週間あとの会津若松市での住民説明会で泣いてしまったんですね、彼は。
おそらく、これも想像でしかないんですが、この時は「とってもいいことを教えてあげましょう」という雰囲気で「避難しないでください」って言われたんです、私たち。ニコニコしながら。ご本人たちはほんとうにそうだと思ってたんですよ。皆さんを守るためには、ほんとうに見に行っちゃいけないですよって、本当に心からそう思っていたのかも知れない。もしもいじわるだったら、あんな表情はしないんじゃないかなと思うんですけど、あまりにも、こう、いいこと教えてあげましょう、という顔して言われたので、何いいこと言われるのかなと思ったのにそんなことだったので、びっくりしたんです。でも基本的には、ご自身たちがやられていることは正しいことなんだというふうに、思ってるんじゃないかなぁって思います。まぁ、人の気持ちなんで、それはちょっと推し量ることができないですが、あの会津若松市の場でもあとでも、その前でも、ほんとに切実に人々は訴えていました。

 

最初にいま感想があったように、ほんとにこの人たちはタフですね。18会場、最初は2時間程度と言ってたけど、結局途中から「ご意見のある方は全員聞きます」って言うから、3時間、4時間っていうところはあるんですよ。その話を聞いて、次の会場に向かえるんです。もう、私たち、普通だったら、へこたれてしまうというか、気持ちが折れてしまうんじゃないかな、と思う。だから、泣き出した人の方が、ずっと、心根としてはまだ私たちに近いものがあったのかなと思ったりしますけども、ほんとにすごいです。自分のやっていることに信念をお持ちだったらそういうこともできるだろうし、または一つ一つ話していくこと、すごい下世話な話なんですけど、夜の住民説明会に来るっていったら、出張費はつくかなぁ? 夜間手当は付くのかなぁ、なんて私たち言ってたんですけど、そういう使命感と自分たちががんばれる何か根拠があっての話なんじゃないかなと思います。

 

これはあくまでも感想?の話ですし、ご本人の気持ちがどうだったかは分からないですけど、まさかあそこで泣き出すとは思いませんでした。ほんとに、泣いたのはずるいと思いましたので、おっきな声で「泣くな!」。以上です。

5.18被ばく学習会・後半については、おってご紹介いたします。

(文責:温品惇一)

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