8.5 オンライン被ばく学習会「女川原発を再稼働するな!」の動画と資料です!
8月5日のオンライン被ばく学習会「女川原発を再稼働するな!」は、311以前から女川原発反対運動を担ってこられた多々良 哲(たたら さとし)さん、日野正美さんのお二人に、女川原発再稼働の危険性をお話しいただきました。108名の参加で盛況でした。「東電と違って、東北電力はちゃんとしてた」というのは、東北電力が自ら広めたでっち上げであり、311で被災した女川原発の再稼働は、大きなリスクをかかえていることが明らかになりました。
多々良 哲(たたら・さとし)さんは1958年生れ、大阪府出身。東北大中退。学生時代より女川原発反対運動に参加。1983年仙台共同購入会(後のあいコープみやぎ)に入協し、2008~17年専務理事。現在は顧問。女川原発の再稼働を許さない!みやぎアクション世話人、市民連合@みやぎ事務局長。
日野正美さんは、労働組合活動から反原発運動に参加され、1970年代後半、女川漁協が漁業権放棄し原発建設、稼働に進む時期に、現地での闘いや裁判闘争を支援して漁業者や町民と共に闘われました。2011年以降、県内の市民運動団体とともに女川原発再稼働を許さない闘いを続け、2021年東北電力を相手取り「避難計画の実効性」を争点に再稼働差止訴訟係争中。女川原発再稼働差止訴訟原告団 事務局長を務めておられます。
最初は多々良さんのお話です。
西日本に多い緑色の原発はPWR(加圧水型)、女川原発などはBWR(沸騰水型)。福島第1・第2原発は廃炉決定済み。
関西に多い緑色はPWR(加圧水型炉)、柏崎刈羽、女川などの水色はBWR(沸騰水型炉)を示す。福島原発は廃炉決定済み。
311大震災の震源地(赤丸)からは、福島原発より女川原発の方が近かった。
リアス式海岸は「天然自然の防波堤」
震源地から近い女川が、遠い福島より、なぜ津波が低い?
リアス式海岸にある女川原発は、津波がやってくる東(右)ではなく北に開かれており、島々が「天然自然の防波堤」の役割を果たしたからです。
女川町では津波はほぼ東(右)から襲ってきました。東南東方向の海が開けている女川町の津波は18メートル以上でした。
女川原発の東には寄磯浜と呼ばれる半島があり、「天然自然の防波堤になった」と言われています。
道路の崩落・土砂崩れなどで道路が寸断され、女川原発は「陸の孤島」となりました。広域消防は来られず、粉末消化器で自力で必死に消火活動したと言われています。
格納容器の上にあり燃料の出し入れをするための天井クレーンが損傷。タービンの羽がガチャガチャになるなど、原発の核心部分の重要な設備機器類も含めて多大なる損傷を受けた。最終的に600か所以上の不具合があったことを東北電力はホームページで公表せざるを得ませんでした。これが女川原発が被災原発だ言っていることの意味です。
にも関わらず東北電力は、女川原発2号機を再稼働させるという計画を立て、2013年の暮れ、原子力規制委員会に新規制基準への適合性審査を申請しました。ところが、その審査の中でさらに重大な問題が発覚しました。
1130カ所ものえひび割れが入っていて、そのために剛性が7割低下し た。剛性っていうのは簡単に言うと硬さ、
変形のしづらさです。それが7割低下したいうんですよ。7割になったんじゃないです、7割低下したんだから残り3割しかないんですよ。
にも関わらず東北電力の社長は問題ないと、安全性に問題ない十分な耐震性を確保しているんだという風に言い張りました。とんでもないと思います。
さすがに原子力規制委員会も困っ たと思います。こんな被災原発を審査したことはない。ひび割れが1130か所も入っていて、剛性が7割低下したと言っている原発を合格させていいのか、ということでかなり議論になりました。
結局、最後には合格させたよという記事なんですけど、申請から実に6年という異例の長期審査になったんです。上の新聞記事の冒頭、赤線で囲んだところですが、更田委員長は定例記者会見で、こう総括した「女川2号機は大きな自然災害を受けただけに慎重に審査をした。」 176回を数えた審査には終始、「被災原発」だという事実がつきまとった、という風に書かれていますその通りなんです。しかし、このひび割れ大丈夫かという問題の議論に2年近くも費やした上で、それでもやっぱり最後の最後は合格を出してしまう原子力規制委員会は合格させるまで審査してくれるっていう、素晴らしい試験官だったんです。
敦賀2号機ではさすがにあれだけはどうしても合格させる理屈が見つけられなかったんでしょうね。初めて不合格になりそうな感じですけれども、女川2号機は最後は合格ということになってしまいました
さらに申し上げたいのは、女川原発は巨大震源域、つまりプレート境界の縁に立地しているということです。そして過去3度も想定(基準地震動)を上回る地震動に見舞われ、その都度基準震動を引き上げるということをやってきた原発だということなんですね。現在の基準地震動は1000ガルだという話になっています。 しかし本当にその1000ガルに耐えられるのかという重大な問題がある。
さらには1000ガルを超える地震が女川原発の敷地には来ないと言いきれるのかという大きな問題もあるという風に考えています。
日本は太平洋プレートあるいはフィリピン海プレートという海洋プレートが、ユーラシアプレート、北アメリカプレートという大陸プレートの下に沈み込む縁に立っているわけです。日本列島は世界から見ればわずかな陸地しかありませんけれども、そのわずかな陸地で世界の地震の1割以上が起きていると言われているわけです。それはなぜかと言うと、この4つものプレートがひしめき合っている場所は、地球上でここしかないから、と言われています。
東日本大震災3.11は、この太平洋プレートがマントルの滞留によってユーラシアプレート、北アメリカプレートに引きずられて、その下に沈み込んでいる。年に8cm動くんだそうですね。それによって歪みが生じ、その歪みの力に耐えられなくなってバーンとはじける。その弾ける力が巨大な地震になる。
西日本の方にも同じような メカニズムがあります。南海トラフです。南海トラフ地震、必ず来ます。女川原発っていうのはこのプレート境界の縁に立ってますから、巨大地震に見舞われることは宿命です。それが故に過去3度も想定を越す
地震に見舞われてきました。
女川原発、基準地震動・基準津波 策定の経緯
女川原発は1970年代に設計され、80年年代に建設された、非常に古い方のBWRマーク1っていうものなんですね。ゼネラルエレクトリック、 GE社が開発した沸騰水型炉、BWR(沸騰水型炉)のマーク1っていうのは、1号機初号機って意味ですね。テスト機をそのまま、営業用に使っちゃったみたいな感じの原発で、非常に仕組みが簡単というか、そういう原発なんです。その当時はまだまだ地震に対する知見が乏しかったわけですので信じられないことなんですけども、最初の設計建設時には基準地震動が375ガルだった。信じられないぐらい低いですよね 。
ところが宮県沖震が2005年に来まして、それを超える地震度を女川原発で記録してしまう。東北電力は慌てまして、女川原発に色々な具材をくっつけて耐震補強工事をやりまして、580ガルまで耐えられるようにしましたということにして、基準地震動を580ガルに引き上げたんです。でこれでよしとこれで大丈夫ですっていう風に東北電力が言った ところに、今度は3.11の巨大地震が襲ったわけです。またまた580ガルを超える地震動を女川原発で記録してしまいましたので、今回の適合性審査で東北電力はさらにいろんな部材・具材をくっつけて耐震補強して、今度は1000まで耐えられるようにしましたという話にして、この審査を通したんです。
だけど皆さん、そもそも設計建設時に375ガルだった建物を、色々後から耐震補強の具材をくっつけたからといって、1000まで耐えられるようにできるのか、という重大な問題があります。ちなみにその下の表を見てもらうと分かるとおり、最初の設計時は津波の高さ 3mっていう風に想定してたんです。それぐらい、何も分かってなかったんです。
もう1つ申し上げたいのは、1000まで耐えられるというに東北電力が言っているとしても、女川原発の敷地に1000ガル以上の地震が来ない保証はどこにあるいう話です。
スライド37は過去20年間、ま、今世紀に入ってからですね、日本列島の各地で起こった地震のガル数です。ガルっていうのは地震の加速度、地震の勢いの強さですね。
見ていただくと分かる通り、日本列島各地で1000ガルを超える地震はざらに起きてます。2000ガルを超える地震もいくつか来ている。2515ガルは新潟県中越地震、2933ガルが東日本大震災です。そして過去日本で記録された最大のガル数の地震は突出した4022ガルっていうとんでもないのがあります。これは実は岩手宮城内陸地震なんですね。山が1つ崩落してなくなってしまった、とんでもない地震だったんですけど、宮城県で記録してるんです、4000ガル。そういう中で、なんで女川原発の敷地だけは絶対に1000ガル以上の地震は来ません、という風に東北電力は断言してるんですか? 何の根拠もないという風に思い ます。
これはあの皆さんもひょっとしたら、映画見られたり講演聞いたことあるかも知れませんけど、原発を止めた裁判官・樋口秀明さんが提唱しておられる樋口理論です。
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もう1つ、女川原発の際立った危険性の理由です。それは女川原発が古い沸騰水型原発であるということです。
事故を起こした福島第一 原発はBWRマーク1と言います。
女川原発はBWRマーク1改良型って言うんですけど、改良っていうか、格納容器をちょっと大きくしたわけなんですけど、基本設計は地震に関する知見がはなはだ乏しい1970年代・80年代に行われました。非常に旧式の原発です。
しかも、女川原発2号機は1995年運転開始ですから、今年動いたとしても来年には30年を経過するということで、高経年化対策が必要ないわゆる、老朽原発の位置に入っていく、そういう原発でもあるんです。
私、よく例えるんですけど、今女川原発2号機を 再稼働させるっていうことは、70年代製、80年代製のヴィンテージカーに、13年ぶりにエンジンのキーを回す、火を入れることに等しいと。もうそれだけでドキドキものだということだと、私は思っています。
これがBWR、沸騰水型です。格納容器がフラスコ型で、マーク1に近いですね。
マーク1でも釣り鐘型みたいになったのが改良型なんです。基本的に同じです。改良したのは、安全性を高めたわけじゃなくて、格納容器を大きくして作業性を良くしたということが肝要なんだそうです。私、これは設計した人から聞いたことがあります。
これがBWR,これがPWRという風に言われると、同じくらいの大きさに見えるでしょ。
模式図だけ見てるとそういう感じがしちゃうんですけども、実は格納容器の
大きさが全然違うんです。BWRマーク1の格納容器は極めて小さく、PWR型の格納容器って大きいです。その差10倍と言われてます。今の新しいBWRは格納容器がもうちょっと大きくなってますから、10倍ってことはないんですけど、マーク1は極めて小さいです。
それがゆえにBWRマーク1っていうのは、従来から格納容器の容積が小さすぎる、あるいはその下にあるドーナツ状のプール(圧力抑制室)の水の量が少なすぎる等々の脆弱性、過酷事故に対する弱さがあると指摘され続けていたんです。
そのことは、メーカーであるゼネラルエルリックの 技術者が内部告発をしているんです。BWRマーク1は脆弱すぎると。私が今、申し上げたことです。
これはBWRマーク1の模式図です。問題点の一つは、使用済み核燃料プールが格納容器の外にあるということですね。事故時には閉じ込めておく必要があります。福島原発事故で危機一髪になりました。
格納容器の容積が小さすぎる。短時間で加圧する。要は、入れ物が小さいと中の圧が高まるのが早いってことです。単純な話です。
さらに圧力抑制プールの水が少なすぎる。短時間で加温してしまう。
ドライウェルの床面積が小さすぎる。落ちたデブりが冷えない。
などの脆弱性が指摘されていまして、そういう指摘をもう35年前にに
メーカーであるぜネラルエレクトリック のエンジニアが内部告発をしていた。
下のスライドが、ロイター通信が配信した記事です。
ゼネラルエレクトリックの元社員が35年前、今回事故があった福島第1原発・マーク1原子炉の安全性に対する懸念が理由で同社を退社していたことが明らかになった。この社員はインタビューに応じてマーク1原発について、大規模事故による負担に耐えるように設計されていなかったと指摘した。
ですがGEはこの内部告発を揉み消したわけです。そしてそのためにこの告発した 社員を会社からパージしたわけです。退社したんだという話になってますけども 要はパージです。この事実はなかなか知られていません。なぜなら、GEが必死でもみ消したからです。だけど、紛う方なき事実です。
もう1つ私が申し上げたいことは、女川原発2号炉は古い沸騰性型原発、あの
事故を起こした福島原発と同じ型なんです。そもそも事故を起こした福島原発の事故原因が究明されていないのに、なんで同じ型の原発を動かしていいんですか? この疑問には誰も答えていないことを強調したい、と思うんです。
これは福島原発事故がなんで発生したかのストーリーについて、原子力規制委員会の資料です。まず①地震によって外部電源を喪失した ➁津波によって内部電源、非常用電源がダウンした そして右に行って③冷却停止 ④炉心損傷、メルトダウンが起きて ⑤水素が発生 ⑥圧力容器・格納容器から水素が漏れて ⑦爆発したと、こういうストーリーなんですが、これが本当か、このストーリー通りだったのかということは実はよく分かっていない。疑問が呈されている。特に、地震が起こってから30~40分後に津波が来ますが、津波が来る前、地震の段階ですでに重大な損傷が起きていたんじゃないか、電源喪失・メルトダウンに至るような配管損傷が 起きていたんではないかという可能性は否定しきれない、ということが1点あります。これは新潟県の技術委員会で議論されている内容です。
あるいは水素爆発の原因:どこでどれだけの量の水素が発生して、どういう風に漏れ出て、どこで着火したか、つまりどこで爆発したかということは未だに解明されていないんです。なんでこういう事故の細かなプロセス、細かなストーリーが解明されていないのに、すなわち厳密なしっかりした再発防止策が立てられていないのに、同じ型の原発を動かしていいんですかっていう話です。この疑問には誰も答えていないという風に私は指摘したいと思います。
この福島原発事故の細かいプロセスっていうのは、私はもしかしたら永遠に解明されないかもしれないというに思っています。なぜなら、現場検証ができないからです。現場検証したら死んじゃうからです。事故原因は現場検証によって明らかになるわけですが、過酷原発事故では現場検証ができないので、本当の事故プロセスは解明できない可能性がある、と思っています。
ということは厳密な再発防止策は立てられないということなんだから、同じ型の BWRを動かしてはならないと考えているわけです。
ここから話はちょっと変わって、女川原発2号機というのは、実は2020年に規制委員会の適合性審査合格、原子炉設置変更許可って言うんですけど、同じ年には地元自治体のいわゆる地元同意事、事前了解も取り付けているんです。私たちは散々反対運動しました反対 運動しましたが、宮城県の村井知事は早々と、もう4年前に地元同意を出してしまっているんです。にも関わらずこの4年間再稼働できていない。
行政手続きのハードルは何もないのに、4年間も再稼働できていない原発なんて、ほかnはないです。非常に珍しいケースなんです。なぜなのかと言うと、肝心の電力側の安全対策工事が遅れに遅れたからです。できなかったからです。その粗末な状況について皆さん申し上げたいと思います。
これは2022年から3年ぐらいにかけて、この工事を一生懸命やっていたんですけれども、先ほども話に出てきた圧力抑制プールの耐震強度が足りないということが発覚したんです。この話が出てきたのは、適合申請審査に合格してからですよ。そのため、この耐震補強工事をやるということになったんです。
東北電力はやらざるを得ない事態に追い込まれたんです。ところがこんな古いBWRマーク1の圧力抑制プールの耐震補強をして動かす、なんていうことは誰もやったことがない、世界に類例のない工事なんです。東北電力自らそう言っています。スライド51~53は東北電力の資料です。右下に東北電力のマークが入ってます。東北電力がスライド52の上の囲みで「これまでに経験のない工事となる」と言っています。従って東北電力はこの耐震補強工事をどうやってやればいいか、という工事方法の開発からやらなければならなかったんです。そのために東北電力は何をしたかって言うと、実機模型を作ったんです。びっくりするでしょ、実寸台の圧力抑制プールの模型を作ったんです。それがスライド52に映っている丸いやつです。
輪切りになってますけど、もちろん本物 の圧力抑制プールはドーナツ上に全部
繋がっていて、こんな大きな開口部はないんです。これは圧力抑制室の一部を輪切りにした模型を作ったんです。同じ大きさのね。ここで、どうやって耐震具材をくっつけていけばいいかとか、どうやって溶接工事をやればいいかとか、そういうことを、工事の工法の開発から始めてここでその作業員の訓練もやって、ようやくこの工事に取りかかったということだったんです。
55でさてなん だかんだあってようやく今年の5月27日だったのですが、女川原発は再稼働に向けた安全対策工事が完了したということ
本物の圧力抑制室ってのはわずか直径1.5mの開口部が2箇所あるだけです。ここから全ての足場とか具材とか、そういったものを入れて、中で足場を組んで、右の写真にありますけど、中で足場を組んでここで過酷な溶接工事をやるということが延々続いたわけです。
当然この場所は放射線管理区域です。従って防護服を来た作業になります。非常に過酷な被爆労働がここで行われたということなわけです。
さらに去年から今年にかけて行われたのは、火災防護対策工事。これは原発の中は電線が縦横無尽に走り回ってるわけです。火災が起きた時に、その電線管が切れないように守るためのラッピング工事です。耐火ラッピング工事 をやると。実は私たちは、再稼働をやると東北電力が言ってましたから、この工事はとうに終わったんだろうと思っていたんですが、実は今頃になって昨年になってこの工事ちゃんとできてない部分が実はありました、という話になって、東北電力は慌ててこの工事を始めて、またさらに安全対策工事の完了そして再稼働が伸びるということになりました。
これ実はですね、関西電力の美浜原発だったと思うんですけど、規制委員会がこういうことを他の会社の原発で指摘したんですよ。それを東北電力は察知して「やばい」と。女川にも同じことが指摘されるというんで、これやんなきゃと慌てて始めたというのが実態でした。東北電力の安全に対する意識が非常に低いということを示している1つの例だという風に私たちは思っています。
なんだかんだあって、ようやく今年の5月27日だったのですが、女川原発は再稼働に向けた安全対策工事が完了したということを発表しました。スライド55がその発表をした時に東北電力がホームページに掲げた「再稼働工程の概要」という時間軸の図です。安全対策工事が今年の5月に完了しました。よって6月は新ケース訓練とか大規模損失訓練とかやって、スライド真ん中の緑色の横線横棒ですね。燃料装荷しますよ、それを7月にやりますよ、と。8月の末から原子炉起動準備をやって、9月に入ったらだんだん制御棒を抜き始めて、原子炉を起動していきますよ、9月に再稼働しますよっていうことを5月の時点で発表したんです。
ところが、また伸びたんです。再稼働に向けて安全対策工事完了しましたって言いながら、実はえまだやんなきゃならない工事がありましたっていうことを後になってこの次に発表するということになりました。
これがその時の地元市紙・河北新報の1面トップです。ついこのあいだ7月19日の1面トップに載りました女川原発9月に再稼働が、11月まで2ヶ月延期になった。
その理由は何か? 見出しにある通り、仮設の建物を撤去するのに時間がかかる。どういうことかと言いますと、実は女川原発がいよいよ再稼働に向けて、燃料装荷の前にシーケンス訓練とか大規模損壊訓練をしないといけない。その訓練をやるにあたって規制庁が現場確認に来た。過酷事故が起こった時に原子炉の中に注水するポンプ車が高台に止まってるんですが、それが原子炉まで来るために通る道にある仮設のプレハブ倉庫とか休憩室が立ってたんですね。それを規制庁の検査官が見て「この建物、地震の時に倒れたら、この道塞いじゃってダメなんじゃないの」と指摘。東北電力は「アッ」となったっていうことなんです。あまりにもおそまつな話だと思うんですが、本当にそれだけなのかなって、今ちょっと思ってるんですけどね。
これがその仮設の建物、プレハブです。過酷事故が起こった時にポンプ車が通る道端に立っていた。過酷事故が起るってことは、よっぽど大きな地震や津波が来てるってことですよね。当然、こういう仮設の建物が1番危ないですよね。倒れる可能性高いじゃないですか。ところが、そのまま立ってる。「これ大丈夫なの」って言われて「エッ」てなったっていうんですよね。
慌てた東北電力は、これを撤去する工事をこの6月から7月にかけてやっていたっていうんですよ。このために盛大に9月最稼働が2ヶ月伸びて、今現在は11月再稼働だと言っている。
これが出し直した再稼働工程表です。さっき言ったいろんなことが全部2ヶ月遅れ、2ヶ月右にずれていて、9月に燃料装荷、そして10月の末に起動準備が始まって、11月の頭から原子炉が起動し始め、12月から営業運転開始。これが今、東北電力が言っている再稼働工程になります。ただこれも、まだまだ何が起こるか分からないと我々は思っています。
というのは、これが東北電力が再稼働工程表と一緒に発表したプレゼ資料なんですけども、再稼働に至るまでの間にどういう情報公開をしていきますかっていうことの説明のための資料なんですが、その一番上の2行に何と書いてあるか。「再稼働工程においては・・・長期の停止期間を 経て状態が変化する設備があること、また、新たに設置した設備があることから様々な警報や不具合等が発生する可能性があります」と東北電力は自白してるんです。これ、有り体に言えば「これから再稼働まで何が起こるか分かりません。なにか起こった時にはお知らせしますから、よろしくね」って言ってるような んですよね。よろしくじゃないっと私は思います。
先ほど申し上げたように実に13年ぶりに極めて古い型のBWRを動かすということはそれ自体が非常にリスキーなことです。
このことを東北電力は自覚しています。私は東北電力といろんな面談交渉してるんですけども、東北電力の原子力部の社員に「どうですか。ドキドキしませんか」と聞いたことがあります。正直に「ドキドキします」と言ってました。彼らにとってもドキドキものなんですよ。ということが、間も なく11月に行われようとしている。私たちはこのことを本当に許してはならない、と思います。
一旦ここで 終わりにしようと思いますけれども、今まで申し上げてきたように私は決して、全国全世界に安全な原発、再稼働させて良い原発があるとはもちろん思っていませんし、全ての原発を止めて、廃炉にすべきだと思っていますけれども、女川原発の再稼働っていうのは、今まで申し上げてきた理由でそれらの今まで日本で行われてきた12基の再稼働とは、やはり段階を画す意味がある。これまでで最も危険な再稼働が今行われようと してるんだいうことを是非皆さんにお伝えしたい。これは私たち宮城県民の安全・安心にとって重大な問題なんですけれども、私たち宮県民のみならず、全国の市民にとって女川原発再稼働は非常に大きな問題だと、いうことを皆さんに是非お知らせしたいと思いまして、今日お時間をいただいてお話しさせていただきました。
1時間くらい喋って聞いてる皆さんも ちょうどいい疲れ具合だと思いますので、私の話は一旦これで終わりにさせていただきます。
どうもご清聴ありがとうございました。
日野正美さんのお話
休憩後は日野正美さんが、事故時の避難計画に実効性がないことを明らかにされました。
日野さんは労働組合活動から反原発運動に参加sれ、1970年代後半、女川漁協が漁業権放棄し原発建設、稼働に進む時期に、現地での闘いや裁判闘争を支援して漁業者や町民と共に闘われ、2011年以降、県内の市民運動団体とともに女川原発再稼働を許さない闘いを続け、2021年東北電力を相手取り「避難計画の実効性」を争点に再稼働差止訴訟を係争中です。女川原発再稼働差止訴訟原告団の事務局長を務めておられます。
質疑応答から
多々良さん、日野さんのお話の後、熱心な質疑応答がありました。
質疑応答の動画は、こちら
特に注目されたのが、311後に流された『都市伝説』です(1時間14分~32分)。
1.住民の原発への避難
311大震災により、全停電で真っ暗に。唯一、女川原発PR館に自家発電の明かりがついていたので、40人くらいの住民が女川原発に。陸の孤島になっていたので支援物資など来ず。
2.「津波を予測して」高台に原発建設
これは東北電力のウェブページに今も掲載されているものです。詳しいパンフも作られています。貞観津波や慶長津波を考えて敷地の高さを14.8メートルにしたので、「安全に停止できた」と書かれています。
実際は、福島第1原発と違って女川原発のある牡鹿半島はかたい岩盤の位置が高く、掘り下げられなかっただけ(政府事故調への東北電力回答)だそうです。
3.住民や議会からの要求に応えて津波対策工事などした結果、「1・2・3号機合わせて約6,600ヵ所の耐震工事を実施 」した。過酷事故に至らなかったのは、東北電力のおかげというより、住民・議会のおかげ。
4.311直後、東北電力は福島第1原発からのプルームを観測しながら、住民の被ばく防止対策を何もしなかった。
「だめな東電、立派な東北電力」は、でっち上げの「 都市伝説」。
今後の行動
女川原発再稼働を許さない みやぎアクション
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